盲人福祉と盲人ゴルフ

福祉とは、障害者や困窮する人の自己実現のお手伝い。
決して親切の押し売りや過剰なおせっかいのことではありません。

私の福祉活動に大きな影響を与えてくださったのは、社会福祉の実践家であり、学者でもある一番ヶ瀬康子先生です。日本社会福祉学会の会長を長く務めておられる一番ヶ瀬先生がおっしゃるには、「社会福祉とは、人々の自己の実現の手助けをすることであり、親切の押し売りや過剰なおせっかい、または一方的な同情心や行為の押しつけを言うものではない」と言うものでした。

その「人々の自己実現のお手伝い」の最初のきっかけとなったのが、日本盲人職能開発センターの会長でいらした松井新二郎先生との出会いです。先生は「盲人は不自由ではあっても不幸な人間ではない」とおっしゃり、その言葉に大きな感銘を受けたのです。

そして、日本盲人職能開発センターで積極的に社会参加を目指して頑張っている盲人の方々のために、盲人用活字読み取り機オプタコンと、盲人用ワープロを寄贈したのです。オプタコンは、盲人が点字ではなく通常の活字を人差し指で『読む』ことができる機器で、盲人用ワープロは、数字や文字のキーを打つごとに、音声で知らせてくれる特殊なワープロです。これらの機器を使用していただくことで、目の不自由な方々の社会復帰という「自己実現」のお手伝いをしているのです。これが私の盲人福祉のスタートとなり、現在では英国王立盲人協会の副総裁に就任しています。

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不自由ではあっても、不幸な人間ではない、決して。

日本盲人ゴルフ振興協会初代会長
松井新二郎(故人)

私は常々、障害者は不自由であっても決して不幸な人ではない、と言い続けてきました。しかし、世の中には、いろいろ障害を持った人を、“可哀想に”“気の毒に”といって同情や憐憫の目で見る人が大勢います。確かに不自由ではありますが、ちょっとお手伝いして頂ければ、あとは全く普通の人なのです。ですから私は長い間、障害を持った人も、社会の中でみなさんと一緒に生きてゆけることを願って活動してきました。
端的にいえば、障害者に対する差別と偏見をなくしていただきたいと思います。
差別というのは、制度上の問題としてとらえれば法律が変わればいいのです。
国家公務員の点字受験が認められたようにあらゆる資格試験が点字で受けられるようになったり、誰でも利用しやすいように公共施設の不便さが改良されることが望ましいのです。これに対して、偏見というのは心理的な問題ですから、徐々に根気良くお互いの意識を変えていくしかありません。

身障者がどのような社会生活を過ごしているかを見るとその国の福祉レベルがわかるといわれています。目が見えなくともゴルフを、スキーを一緒に楽しむことができる──福祉もここまでくるとその国の文化と言えるのではないでしょうか。私は深見先生の勧めで『手の中の顔』という本を出版させていただいたのですが、その反響は大きく、少しずつ社会の目が変わりつつあることを感じています。

国際障害者年より7年後の1988年、この記念すべき年に誕生した〔日本盲人ゴルフ振興協会〕も、今年ではや7年目を迎えようとしています(1995年当時)同じ太陽の下で、同じ土の上で障害ウンヌンの壁を越えてみんなで一緒にゴルフをする、これは人間と人間のふれあいです。
日本で初めての当協会が発足出来たのも、その確かな歩みも、深見先生との心の出会いがあったからだと信じます。先生は「盲人をとじこめてはいけません」とおっしゃり、私たち目の不自由な者もゴルフを楽しめるようにその機会を与えて下さいました。私自身、ゴルフ場の緑萌える芝生の上で、大きく空気を吸いながら、新たに生きる喜びを感じたのを、つい昨日のことのように思い出します。他の目の不自由な方も、部屋からでて外の空気を思い切り吸って、それこそ生きている実感を感じたことでしょう。深見先生は、真のハイクオリティ・オブ・ライフを与えて下さる方だと思います。

私たちは、目は見えなくても、ツエの響きで天気がわかり、声の調子で相手の顔つきや表情がわかります。視覚障害者は観音菩薩のように音で世の中を観ているのだと思っています。私は目に障害を持った人がゴルフを通じて生命の歓喜を知る姿は、経済大国の日本が真の文化国家になることにつながると確信しています。

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福祉とは、障害者や困窮する人の自己実現のお手伝い
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