カンボジアの内戦の悲惨さについてはシアヌーク病院の項で触れましたが、数百万人の国民が虐殺されるのと同時に、学校や教育制度も完全に破壊されてしまいました。 現在、カンボジアには学校のない村が3000以上もあり、子どもたちは読み書きさえも習うことができない状態が続いています。また、学校があってもそのほとんどが雨風や照りつける太陽にさらされた野外授業なのです。
このような窮状を見かね、私はシアヌーク病院建設に続いて小学校の建設に着手しました。 それも建物だけではなく、教室にはパソコンなどの通信機器も設置された近代的な学校の建設です。 このカンボジアの学校建設計画も2001年5月で10校目の開校式を迎えることができましたが、私たちのカンボジア救済計画はまだ始まったばかりです。
アルバニアは、地中海の東に位置し、ギリシャやユーゴスラビア、マケドニアと隣接する総人口約350万人の小さな国です。
そのアルバニアに小学校を建設したいという話が私のところに寄せられたのは2000年夏のことでした。話はアルバニアの歴史遺産を守り、その子孫たちに愛の手をさしのべようとする考古学者、リチャード・ホッジズ教授を中心とするブトリント財団(ブトリントはアルバニアの地方名)から持ち込まれました。
カーアルバニアは地中海のアドリア海にのぞむ明るい太陽の国。また、レモンやオリーブの花咲く“南国”でもある。気候は、海岸地域は典型的な地中海型。
1990年に入り、東欧の民主化の潮流を受け、長年続いた共産主義体制に終止符を打つ。しかし、半島の紛争など政局が安定せず、EUに隣接しながら国の財政は厳しい。日本とは1981年に外交関係を設定したが、アルバニア側の政治情勢もあり、現在のところ細々と貿易が行われているだけである。
国旗の双頭の鷲は国が西洋と東洋の中間にあることを示している。
この国には地中海貿易の中継地点として繁栄した歴史もあるものの、現在ではヨーロッパ最貧国ともいわれ、多くの子供たちも貧困のため就学ができず、また学校へ行きたくともその建物もなく、屋外、青空教室で授業を行わざるをえない状況だというのです。
小学校建設計画は、地元住民の方々が下水道工事や道路の修復に協力してくださることを条件に、資金面の援助を快諾し、小学校建設プロジェクトが成立に至ったのです。
学校が完成したのは、2001年5月のことでした。学校は“ヴリーナ・ワールドメイト・スクール”と名付けられ、開校式には、なんとレジェプ・メイダーニ現アルバニア大統領が直々に列席され、他にも政府高官や報道関係者、近郊の住民などが大勢詰めかけ、まるで国を挙げての慶事といった趣でした。
小学校に到着すると、制服姿の少女たちが私とメイダーニ大統領に赤い花束を贈呈、生徒たちは横一列に並んで迎えてくれました。
新しい校舎は、白壁に鮮やかなオレンジ色の屋根、玄関先の屋根から向かって左に日の丸、右にはアルバニア国旗が飾られています。制服姿の子供たちが元気よくアルバニアの民謡を合唱し、歓迎してくれました。
自分たちの学校が完成し、目をきらきらさせて喜ぶ子どもたちと、それを取り巻く地元住民の方々。思えば多くの人々の貴重な時間と労力を費やして完成したアルバニア小学校建設プロジェクト。その苦労はすべて想像をはるかに超える感動によって報われたのでした。
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